二次元の女性キャラの『悪魔的積極性』について ー我々はどう生きるべきかー

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引き続きドラクエⅣ。
 
ドラクエⅣをやっていて最も感動した点は、ストーリーもやはりそうだが、
やはり何と言っても音楽である、
特に「ジプシーダンス」が好きだ。


【N響版】交響組曲 ドラゴンクエストⅣ ジプシーダンス - YouTube

 
 この曲はマーニャとミネア(?)という姉妹が先頭集団になり、戦闘にはいると流れる音楽である。
あらゆる芸術がそうであるように、この音楽がなぜいいか、ということはどうも説明できないが、少なくともワクワク感を、またそれと同時に「良い」緊張感を、そしてえもいわれぬエキゾチックな感じを聴き手にもたらすから、と、個人的には思っている。
一言で言うと、あまりに素晴らしい音楽。
そうおもったので、ここで共有したくてしょうがなかった。

ところで、すべてのゲームやマンガに言えることかもしれないが、このドラクエⅣの女性登場人物はほぼ例外なく美人かつ積極的である。
男性はお爺さんやおじさんで有ったりと、必ずしも若い美男というわけではない。
しかし、女性はかならず美しいのが、ゲームである。
・・・もしや「ゲーム」だからか?
うーん、、そうかもしれない。。。
いやしかし、そういったキャラクター設定がまた、
20代男性の4割が彼女いない歴=年齢」
という結果をもたらしているのかもしれない。
私は、このような女性キャラの性質を、
悪魔的積極性
と呼びたい。
しかしながら、男性陣がこちらからわざわざお金と勇気を出さなくても、美人で魅力的な女性が積極的にこちらに言いよって来るという状況は飽くまでも男性陣の理想妄想であり、そのようなことは現実世界においてはまず、ない。
しかし、ゲームやマンガやアニメにどっぷり浸かっている若者は、このような悪魔的積極性を有する女性キャラの「虜」となってしまい、現実の女性に対して消極的となってしまい、果てには
「二次元の世界に突入したい」
などといった言説が流布される事態が生じてしまうのである。
いやしかし、制作者やクリエイターを批判するものではない。
これは、読み手、受け手である我々の認識の問題なのだ。

では「どうする」のか?
私は、実生活をドラクエだと思って楽しむ気概を持つことがひとつの解決策ではないかと思う。
言い換えると、人生をゲームと思うという作戦に出るということだ。

「春風吹いたら 暇なんか吹き飛んでしまう
自宅でピコピコ レベルあげしている時じゃない
一生という名前のRPGの方がいい
リセットの効かない 今があるからこそ」

という歌詞が、藍坊主の「春風」という歌にあった。
まさにこのような風に、ひとつのRPGとしてしまうことがよろしいのではないかと思う。
多くの人がそうであるように、ドラクをはじめとしたRPGに取り組む際、大いなる「ワクワク」に満ちているのではないだろうか(私はそうである)。
そのようなワクワク感を、とりあえず
少年的ワクワク性」
と呼びたい
その少年的ワクワク性を、現実世界においても抱くこと、つまり世界、物質、他者など、自分と他なるものすべてに対して『自分から』興味関心を抱くこと、これがすべての始まりではないだろうか。
そしてさらに重要なことは、そのことを他者に強制することなく、あくまで自分自身の問題である、とすることだと思う。
対称的ではなく非対称的な関係を、他者と結ぶのだ。
他者に求めず、自分からゆくこと。これが人生でというRPGではないだろうか。