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「孤独の神に選ばれたから、こんな景色の中に来た」とは何か?

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昨日、BUMP OF CHICKENの「ハンマーソングと痛みの塔」を聴いてから、ずっと耳に残っている歌詞がある。
「孤独の神に選ばれたから こんな景色の中に来た」
という歌詞。
特に、
「孤独の神に選ばれた」
というフレーズが、なんだかとても引っかかるというか、「ぶるっ」とくる。
孤独の神。
この神は藤原基央が創造した神(言葉)だろうけれど、この孤独の神というものは僕らにとってある意味非常に馴染み深い存在ではないだろうか。
誰かと一緒にいない限り、僕らは孤独である。
そして、孤独には二種類存在する。
①周囲に誰も存在しないという孤独
と、
②周囲に人はいるけど、自分だけひとりぼっちという孤独。
この状況は、おそらく万人が味わったことのある「孤独」ではないだろうか。
このような孤独の状況においてここがどう感じるかが肝でもあると思うが、ここで、
「孤独の神に選ばれたから、こんな景色の中に来た。」
と思えるのは、ひとつの底抜けなまでのオプティミズムがある場合だと思う。
一見この思想は、
「孤独な状況を神掛かっているなんていうのは、ちゃんちゃらおかしいではないか?」
と反論されかねない。
しかし、この場合での「神」とは、一種の便宜的存在であり、そこでの「神」(創造主)はいうなれば、そう思う「私自身」である。
つまり神さえつくってしまうような前向きな思想がこれである。
よって、
「孤独の神に選ばれた」
という言説は、何ら奇妙なものでも新興宗教的なるものでもなく、ひとつの前向きなる心構え、思想なのである(と思う)。