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「ごもっとも」という言葉遣いについて ー敬語についての試論ー

思考実験
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先日、郵便局窓口に並んでいたら、後ろに並んでいる人が電話をしていて、その人が使っている言葉に引っかかった。
 
「いや、確かに○○さんのおっしゃっていることはごもっともなんですけれど・・・」
 
「ごもっとも」。
この言葉遣いに引っかかった。
「ごもっとも」という言葉遣いは敬語として正式なるものである。
しかし敬語とは、時として嫌みや不敬、或いは「罵倒」的要素を伴う。
ここでその人は「ごもっとも」という言葉を使用した。
しかしこの後の言葉に「ですが」という逆説が入った。
冒頭に「確かに」といっているので、文章(言葉遣い)のルール上、これは譲歩の表現となり、のちに否定語がくることは当然である。
ただ、譲歩表現とはいえ、相手(おそらく話し相手は上司の方だと思われる)の言葉を否定する(諌める)ことには変わりはない。
諌める。
諌めることが不敬とは確かに行き過ぎかもしれない。
しかし、ここで彼は「もっとも」という言葉ではなく、「ごもっとも」という言葉遣いをしたところに、
 
(・・・あ、多分この人は○○さんのことがキライ、若しくはウザったく思っているのかもしれないな。。。)
 
と直感した。
「ごもっとも」という言葉は普通使うことのない言葉である。
「ごもっとも」とはいうなればドラマやマンガや文学など、架空の世界でしか存在し得ない言葉であると個人的には思っている。
なんとなく「うそくささ」が感じられてしようがないからだ。
確かに「ごもっとも」という敬語は「もっとも」よりも丁寧な言葉ではある。
しかし、敬語に更に敬語を重ねると、途端に嫌味化してしまうものが、これ敬語というものである。。
敬語とは、使わないと不敬だし、使いすぎるとこれまた不敬なのだ。
敬語は難しい・・・。
敬語は大人でも使いこなすことが難しい言葉であるが、それゆえに大変「面白い」言葉である、と個人的には思っている。
 
今回の「事件」での収穫としては、「ごもっとも」という言葉は使わないようにしよう、と誓ったことだ。