教育学者、齋藤孝氏

3年ぶりにテレビをつけた。

ここ3、4年ほど、なぜか映像という映像をみると気持ち悪くなることが多く、また眼が異常に疲れるから、テレビから避けていた。

テレビというか、すべての動画は、恣意的に「パッパッ」と画面が変わっていくのが、どうも苦手である。

もしかしたら眼が弱いのかもしれない。

とりあえず、テレビのちゃんねるを変えてったら、教育学者の齋藤孝氏がニュース番組に出ていた。

斎藤氏、私が個人的に尊敬する師の一人である。

彼の書物は特に「私塾のすすめ」「日本を教育した人々」「できる人はどこが違うのか」「座右のゲーテ」などを読んできた。そしてこれらは最低2回、繰り返し読んだ。

氏は学者であるにもかかわらず、文章が面白いのである。そして更に、文章の奥に秘める「何か」が、すごく感じるのである。

それに私はとても強く惹かれて、氏を個人的な心の師としている。

 

そして今さっき、動く(リアルに話している)齋藤氏をみた。

話している内容はやや保守的な内容であった(確か「進路指導や受験指導は、教員免許をちゃんと持っている先生がやるべきだ」という主張)。

それ以上に、氏の話し方がなんだか引っかかった。

お疲れであるからか、あるいは朝が早いからか、どうも「やっつけ仕事」をしている雰囲気が感じられた。

いや、これは表現としていささか行き過ぎているものかもしれないが、少なくとも妙に淡々として、元気があるようには見えなかった。

私は、氏の文章、文体を読む(に触れる)限り、決してテンションの低い人ではなく、常に元気いっぱいな印象があった。

今回、非常に久しぶりに動く氏をみて、やや印象が変わった。

もしかしたら「テレビ用」のテンションなのかもしれない。

それは十分にあり得ることだ。

そう、考え直すことにしよう。