新垣結衣とは「誰」か 〜眉毛から芸能界入りのキッカケを中心に、内田樹氏の教育論を参考にして〜

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 ちょっと一時的に祖母の家に居候している。
 就職先も決まり、修士論文の審査も無事通過し、アルバイトも卒業し、誠にニートなる状況である。
 また、普段は一人暮らしをしているため、遅寝遅起きが当たり前の生活であり、また元来のテレビ嫌いのため、今までとはまるでコントラストな、真逆なライフスタイルを送っている。
 そこで、今回はNHKの「あさイチ」に出演した新垣結衣女史について取り上げたい。
 

新垣結衣の眉毛

 今日のあさイチには新垣結衣が登場した。

 私は新垣結衣が大好きである。

 明るくさわやか元気よい、という、人間が人間であるための根源的生命力をそこに見て取れるからだ。

 そればかりではない。

 私はカノジョの眉毛が大好きだ。

 そう、眉毛である。

 正確に言うと、彼女がその眉毛を維持されていること、その精神、心構え、大好きだ。

 最近、というかここ10年ほどずっと、我々若者の間では細眉、薄い眉が主流であったと思う。

 その傾向に、私は嫌悪感を感じ、

 

「いや、眉毛細くて薄いと、顔の印象すべて薄れるし、それに人物的な、内面的な印象も良い方には、ちょーっと、、思われないんじゃないのかなぁ。。。」

 

 と、かれこれずぅ〜っとそのような信念を持っているため、高校生時代のやんちゃな時代をのぞき、今の院生時代も常に太く濃い眉で私は世界を過ごしている。

 そこで、新垣結衣が、あらわれた。(ドラクエと、ちがいます)

 彼女は、眉毛がハッキリしていた。

 感動した。

 それでいて彼女はポップスター、じゃないや、トップスターの位置にまで登りつめている。

 この事実は私の自説をサポートしてくれる思いもするため、私は新垣結衣がとても好きなのである。

 ただ、普段全くテレビを見ないため、街角や電車内での広告でカノジョと出くわすと「ホッ」とする思いがするワケだ。

 ちなみに上の写真は、私がテレビの前にスマフォを構えて、10枚ほどとったものの中の、ほぼ唯一の笑顔ガッキーである。

 まず、写真をとってて、

 

「うわ、なんかワイ、キショイなホンマに…」(エセ関西弁)

 

 と思わずにいられなかった。 

 いわゆるカメラ小僧になったような気がした。

 次に、撮り終わった後の感想として、

 

「…なんだかこの人、笑顔を資料すくないなぁ…」

 

 と、思われた。

 朝早いからか、トークに慣れてないからか、真顔ガッキーの資料ばかりになってしまった。

 そして上に添付したのが、個人的ベストショットである。

 ちなみに他には以下のようなものが撮れた。

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 最後のはブレてしまったのが非常に残念であるが、ブレがなければ最高の一枚ではないか、と思う。
 なぜなら、爆笑しているからだ。
 爆笑。
 私は、人間が爆笑しているときが最も生命力がある刹那であると思っている。
 そのような刹那に出会いたくて、私自身も爆笑したり、友人や他者を爆笑させたりすることに、人生の大いなる生き甲斐を持っている。
 いや、私は芸人ではないけれども。
 
 「お前の話なんてどうでもええわ!」
 
 そんな声がそろそろ聞こえてきそうなので、この程度に。
 

新垣結衣女史の芸能界入りのキッカケ

 井ノ原氏が新垣結衣女史の生い立ち、特に芸能界入りについてインタビューしているときに、非常に興味深いことを女史は語った。

 

オーディションに、姉が勝手に応募してですね…背が高い、ということで…

 

 これである。

 この一言を聞いた瞬間、「こ、これだッッッ!!!!」と、思わずにいられなかった。

 武道家であり思想家の内田樹氏はかつて講演の中でかつてこう語ったからだ。

 

「芸能人が芸能界に入ったキッカケというのは、自分が行きたくていった、というより、友人や兄弟が勝手に応募して、気づいたら『そこ』にいた。」というケースが多いんです。

 いや、実は事務所から「そういうことにしておけ」という「仕込み」があるのかもしれませんが、僕は半分ほんとうなんじゃないかなぁ〜と思います。」

 

 内田氏は以下の動画の42分42秒付近でこのようなことを語っている。

 


大谷大学キャンパスツアー/2010年度開学記念式典 記念講演 内田樹 氏 - YouTube

 

 この動画は1時間15分もある。ゆえにいちいち見ていられないと思うので、要所だけ要約すると、つまりこうである(先の内田氏の言葉に続けて)。

 

「自分の明確な意志で行ったのではなく『そこ』にきてしまった人は、先ずその理由を考えます。

 そしてとにかくわかるまで『やって』みます。

 自分が『そこ』にいる理由が実感できないから。

 そしてそのようなひとは自分の意志で行った人よりも一所懸命やる人の方が多いのです。

 それは、今の自分のものの考え方では、その理由を自分自身に説明できないから。

 もう一歩踏み込んでいって、価値観やものの考え方に質的変化が起これば、自分自身に説明できる境地に達することができるんじゃないか、と考え、そしてやってった人が、芸能人というひとたちなのではないか。」

 

 こういう感じである。

 ひとことでいうと、「全てはやってみるまで何もわからない」と考え行動する人だけが得るものがある、ということではないかと思う。

 新垣結衣女史に話を戻す。

 女史はきっと、とても素直であり、また忍耐強い方ではないか、と、内田氏の考察から思われた。

 自分の意志で行った訳でもないので、『そこ』で生きていくためには忍耐強くなければならない。

 そしてなにより、その現状を受け入れ、与えられた仕事について素直に、実直に、真面目に、真剣にこなしていったからこそ、いまの女史があるのではないかと思う。