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4年振りの運転。熱海。日帰り。

旅行

運転=自分探しの旅

 今日という日、友人達とrent-a-carを横浜駅で借りて、熱海日帰り旅行を遂行した。
 なにせ4年振り、いやもしかしたらそれ以上のペーパー振りだったので、あまりにも手に汗を握り、背筋は緊張し、脚は震え、顔は硬直しっぱなしだった。
 いやはや、情けない。
 ただしかし、クルマというものはどこまでいってもそれは凶器となりえ、人を殺すのに充分なものであるゆえに、私が運転席に座ってから降りるまでの、上記のような「怯え」あるいは「恐怖」は、寧ろ抱くべき感情であったのではないか、と、振り返る。
 五木寛之の書物に、『不安の力』というのがある。
 正直申し上げて、この書物は読んだことがないのだが、人間は不安を抱くことで、人智の及ばない天変地異や、人力を超えたものに対しての遠慮、不安を抱くことによって自己を制御、コントロールし、不慮の事故等を防ぐことに寄与している、ということを言っているのではないか(と思う)。

 脱線した。
 帰りに大雨になり、私は素直に『怖い』と友人達に伝えたため、結局私は行きの海老名SA〜湯河原ほどしか運転することはできなかった。
 海老名SAを出るとき、合流地点で早速事故りそうになり、肝を冷やした。
 やれやれ。
 そこを除けば、他は思った以上にスムーズに運転することができた。
 4年振りの運転だというのに、不思議なものだ。
 ところで、私は今までのところ、友人とクルマに乗ると、常に助手席というか、運転してもらう立場だったからか、或いはもともとそういう性格なのか、常に喋りまくっていた。
 今回、4年振りに運転席に座り運転することによって、
「自分は全く喋れなくなるのかな…」
 と思ったが、なんだかんだでベラベラ喋った。
 高速で単調であった、ということもあったかもしれないが、ここで自分は喋ることについてはやはり本当に好きなんだな、と、確信するに至った。
 今、こうしてBlogを書いているように、「書く」ことは以前から好きだ、と自覚していたが、「喋ること」もやはり好きなのだな、と確信した。
 まさか、クルマを運転することで新たなる自己を発見するとは。
 経験することは自己教育だな、と、思い知らされた感がした。

熱海における温泉まんじゅうの美味さ

 さて、大雨の熱海である。
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 日曜とはいえ、今日は雨がなかなか強かったので、「…結構空いているのではないか?」という憶測のもと、我々は熱海日帰り旅行を遂行したのであるが、見事に裏切られた。
 駅周辺の駐車場、ことごとく満車なのである。
 仕方なく、我々は駅から離れた、海沿いの広いパーキングに停めた。
 駅に向かって歩く。
 中途、道の網?から湯気が出ていて、感動と共に写真をすかさず撮った。
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「さすがは温泉街だな…」
 我々は驚きを隠せなかった。
 駅に繋がるアーケードを発見し、突入する。
 そこで、温泉まんじゅう(120円)を食らう。
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 食べかけで大変恐縮である。
 美味しかった。とても、美味しかった。
 アツアツで、ホクホクで、優しいアンコで…。
 今までで食べた、他のどんなおまんじゅうより美味しかった。
 感動。
「旅行には感動が付き物だな…。」
 そんなことを思わずにはいられなかった。

熱海における小アジの唐揚げについての一考察

 その後、我々は日帰り入浴場を探し、入り、休憩スペースでマッタリした。
 休憩スペースでは、フカフカのソファ、マッサージチェア、お冷、そしてチャップリンのサイレント・ムービーがずぅっと流れていて、我々はなんだかんだで2時間ほどもくつろいでしまった。
 それくらいにして、我々はとうとう熱海を後にした。
 帰り際、夕食のため、なんとなく入ったレストラン、これが素晴らしかった。
名前は確か『季作久』という、そば?屋さん。
 直感と偶然で入ったとはいえ、そのお店はとてもきれいで、店員さんも礼儀正しく、そして料理も素晴らしく、我々は舌鼓を打たざるを得なかった。
 つまり、皆、無言となり、ひとりひとり、目の前の料理という名の大海に遊び、癒されたのだった。
 その中でも特に以下の料理が素晴らしかった。
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 これは小アジの唐揚げである。
 居酒屋にありそうなものであるが、私は初めて食べた。
 感動した。
 あまりにも美味しいことに。
 友人もまたその美味しさに感動していたようで、そこで感動を共有できたことがまた感動した。
 更に更に、私はこれを味わいながら、
「これは、使える…ッッッ!!」
 と、叫んだ。
 つまり、仮の話であるが、いつか私が小料理屋を始めるとしたら、この小アジの唐揚げは必ず出したい、と思い、またこれは必ず売れる、と、確信したからだ。
 友人達はポカンとしていたが、今回の小アジの唐揚げのように、なにかそこに応用事例が一気に想起する、ということが、時々あるのだ。
 このような「経験」をさせていただいたことにも、また熱海全体に感謝しなければならない。
 感動し、感謝の想いを抱かずにはいられなくなること。
 これが、旅行というものの真髄、或いは醍醐味ではあるまいか、と思ったのだ。

不安の力 (集英社文庫)

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