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読売新聞『編集手帳』における文学的感動をもたらすものについての一考察

思考実験

何の新聞を読むべきか?

 最近、新聞を読みまくっている。

 実家では読売新聞と河北新報を取っているのだが、個人的には前者の方が読み応えがある感じがする。

 ただ、コラム(読売は「編集手帳」河北は「河北春秋」)においては、どちらとも読みごたえがあるゆえに、コラムを担当する人はやはり主筆というか、社内でも実力のある人なのだな、と思い知らされる。

 ライフネット生命の副社長である岩瀬大輔氏は自著『入社一年目の教科書』において、

「新聞は2紙以上、紙で読め」

 という。

 一紙は日経で、もう一紙は何らかの全国紙を読むんだ、と。

 私はこういった命令口調の自己啓発的文体には、まず反発の念を抱くのであるが、この書物全体として、非常に納得がゆく点があったので、ここで岩瀬氏が言っていることも忠実に守ろうと思う。

 岩瀬氏自身は日経、朝日、そしてフィナンシャル・タイムズの三紙を購読しているとのこと。

 私はとりあえず日経と読売を購読しようか、と今は考えている。日経も読売も、コラムが面白いからである。

 

編集手帳に見られる文学的感動

 編集手帳といえば、読売新聞の電車広告にも採用された「名作」が存在する。

 それが2008年4月17日の「いじめ」をテーマにしている編集手帳だ。

読売プレミアム

 

 このコラムの最後の段落、大変印象的で、読んだ当時あまりに感動を覚えてしまって、目頭が熱くなり、「ぶるっ」ときて、そこの一節を7年たった今でも、うっすらとであるが、覚えてしまっている。

 その一節を引用する。

ひとの心を傷つけて喜ぶ心さびしき者に聞く耳はなかろうから、中傷された君に言う。たちの集まりでは蝶も「キモイ」と陰口をたたかれるだろう。心ない者たちのうちにも自分と同じ美しさを探しつつ、君はひとり、大人になればいい。 

 「蠅たち」の件から読んで、なんだかこれいいようもなく、どうしようもなく、声を出して泣いて感動してしまいそうな、本当に、えもいわれぬ気持ちになった。

 いま、こうして読んでみてもそうである。

 一体、「何が」起こっているというのか、この文章には。

 ここではやはり人を蝶や蠅に喩え、一気に空想に飛ばし、そして「君はひとり、大人になればいい。」と、ある種突き放すも、現実世界に一気にまた呼び戻し、そして「君」のよき旅立ちを願って止まない、絶対的なる「愛」がそこに見て取れてしまったからではないだろうか。

 つまり、現実と空想を一気に行き来させ、それでいて読み手への「愛」を忘れないこと、これが文学的感動をもたらすものではないか、と、この、どうしようもなく感動させられてしまった編集手帳2008年4月17日便に見て取れたのだ。