無駄とは何か? ──iPhone5c「siri」に見られる応答を参考に──

 ふとおもいついて、私のiPhone5cのsiriに
「おしり」
 と吹き込んでみた。
 そしたらこのようなご返答をいただいた。
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 基本的にsiriという人格(ロボット格?)は、上品というか、気品高く礼儀正しい性格であることが確認できた。
 同時に、「おしり」といわれることについて、それは自分自身に対しての侮辱、と、siri自身は認識しているようである。

 人工知能、面白し。

 この流れで、今盛んに話題となり、缶コーヒー「BOSS」のCMにも(なぜか)でているpepper君に、仮に
「ペッパー胡椒」
 とでも言ったら、彼もムスッとしたりするのだろうか。

 テクノロジーの発展はしかし、人間が生きていく上で必須な「衣食住」の外にあるものであり、言うなれば『無駄な』ものであるともいえる。
 しかし、城山三郎が、
 「無駄をなくしたら、駄目ですよね
  といっているように、無駄というのは人間にとって必要なのだ(機械には必要ではないだろうが)。
 無駄というのは言い換えれば「余裕」あるいは「遊び」とも言えるだろう。また老子は「無駄」を「空間」ともいっている。

 無駄とは何か。
 それは決して無駄ではない何かなのだろう。