時任三郎=ときにんざぶろう? ──恥学総論

柳沢慎吾の劇団ひとり.mpg - YouTube

 

 私は柳沢慎吾氏が好きで、youtubeでよく彼の動画を見ている。

 柳沢慎吾氏は、私が物心つきはじめたころ(1993年頃だったかと思う)、いちばん最初に芸能人さんで

「…このひと、おもしろい…笑」

 と思えた人だ(ちなみに二人目はヒロミさん)。

 

 この動画では、柳沢氏本人が出ていたあるドラマをひとりで再演している。

 そこで、氏は時任三郎氏の真似をするのだが、ここで「ときとう さぶろう」と耳で読むまで、私は、

「とき にんざぶろう」

 だと、ずっと思っていた。。。

 瞬間、「うわっ、やっちまった・・・!(←いわゆるクール・ポコ状態)」となった。

 つまり「恥」を思い知った。

 しかし、こういった恥をかいていかないと、本当の意味での学習にはならないのではないか、と、ふと思われた。

 ある予備校の有名講師曰く、

予備校生で、特に前の方に座るやつは、志望校に合格しやすい

 と。

 つまり、この講師の言葉の意味するところは、常に教師が目の前にいて、プレッシャーを受けるから、ということももちろんあろうが、それに加えて、教師に自分の間違いを指摘され、そのことをクラス中に聞こえるように言われたりする故、他の生徒より恥をかきやすいが、そうであるからこそ胆力、気力が人よりつき、受験という試練を超えやすくなるんじゃないか、と思う。

 恥をかくこと、それは学生にとって、いや、全ての学び人にとって、それは最も大きな学びのきっかけとなるのではないかと思うのだ。