一流とは何か? ──父が語ったこと。

 居間で新聞を読んでいたら、父が母にこんなことを語っていた。

 

三流は金を残す。二流は名を残す。一流は人を残す。

 

 妙に引っかかった。というか、「ぴん」ときた。

 昔から自己啓発本や創業者本(私の履歴書や学習マンガ人物伝等)を読むのが大好きで、「一流は〜、二流は〜」といった文言や文句には聞き耳を立てて過ごしていた。

 今回、そのような文句を父から聞いた。

「人を残す」とはどういうことだろうか。

 このような文言(文句)が一体、どのような文脈から出てきたかは測りかねるが、おそらくこれは事業というか、会社、組織の中で生きる人間についていっていると思われる。

 つまり、ここでいう「人」というのは、「後継者」のことだろう。

 自分自身がいくらすごくても、いのちには限りがある。

 しかし、事業や会社、法人を始めとした組織というものは、「うまく」いけば永続繁栄しうる。

 その例として最も顕著なのは、仏教やキリスト教を始めとした、2,000年以上続いている宗教だろう。

 開祖の後に、優秀な──或いは愚鈍な──後継者*1がいたからこそ、現代に至るまでそれらの宗教は存続している。

「一流は人を残す」という意味にはまた、自身や自身の会社のみの利害得失を超え、大いなる社会性を有する事業であるからこそ、その事業を、そして先代の意志を継続させる必要がある、という意味が含有されてあるのではないだろうか。

「自分が死んだらそれは終わり」という仕事、事業は、それは「たまたま」その時代に合っていたから、ということであり、過去現在未来的に、つまり時空を超えても存在意義、社会的意義などないもの、ということになる。

 意味。或いは意義とはつまり、時空を超えた「他者のために」(pour autre)*2ではないだろうか。

 そう考えると、後継者を残すことができないような仕事は「バブルな」、「姑息な(一時しのぎな)」ものとも考えられる。

 ところで、私塾業界において、史上もっとも成功した学塾とは、吉田松陰松下村塾と言われている。

 松下村塾からは高杉晋作伊藤博文山県有朋久坂玄瑞品川弥二郎といった、明治(維新)を担った、大変な数の俊英が出た。

教育機関の真の価値は、そこでどんな人を生み出したかによる」と語ったのは、私が大変尊敬する内田樹氏であるが、松下村塾は、吉田松陰はまさに一流であった、と断言できるだろう。

 

*1:ここで筆者(アルテマ)は敢えて矛盾した書き方をしているが、「後継者」とは思うに、優秀か愚鈍かという点は特に重要ではない。最も重要なファクターは、「なんだかよく分からないけど、私が後継者としてしっかりやっていかなければならないと思うから、やる。」というア・プリオリ的な、先駆的直感的なマインドセットだと思う。

*2:仏哲学者、E.Levinas(1906~1995)の用語