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友人が作詞作曲した唄についての一考察 ──創造、或いは行動とは何か?

Supermoon (スーパームーン) / ひがし - YouTube

 上は友人が作詞作曲した唄である。
 一言でいうと、「普通にいい」曲だと思う。
 ただ、あくまで「普通に」ということなので、「物凄く」「全身に鳥肌が立つような」「まるでこの曲を聴くために生まれてきたんじゃないか、という錯覚を覚えるほど」、いい、というわけでは、ない。
 路上ミュージシャンでこういう楽曲を歌っている人がいたら、
「あ、なかなかいいかもな」
 と思うも、サーっと通り過ぎてしまう感じである。
 友人には申し訳ないが、以上のような感想を抱いた。
「全く、お前なんかにはどうせ作れないくせに、勝手なことばっかり言いやがって…」
と、友人は思うかもしれない。
 しかし、こういった、素人からの「勝手な」意見をシャワーのように浴びなければならないのが、クリエイターのクリエイター性を担保するところのものではないだろうか、と思えてならない。
 言うだけ言ってやらない人はしかし、言われるだけ言われても「やる」ひとには、遂に「勝つ」ことはできない。
 こんな話がある。
 福沢諭吉が、勝海舟の「やり方」を批判しようと、「痩我慢の説」という論を発表する前、福沢は勝に、「この説を世に出そうと思うが、どうか?」と、事前に聞いたとき、以下のような返答を勝はした。

毀誉は他人に存す。行蔵は我に存す。」

 つまり、「批判するのは外野の仕事、行動によって世の中を変えるのは私の仕事だ」という意味だろう。
 ここには、「言うだけなら誰にもできる。しかし形として、結果として表せることができるのは、『できるやつ』にしかできない」というニュアンスがある。
 別な言い方をすると、批判者と行動(創造)者は、そもそものはじめから
『格』
 が、違うのだ。
 そう私は思う。
 上で私は友人の楽曲を私は批判したが、しかし根本のところは応援している。
 友人の“音楽的未来”に幸多からんことを。