男として生まれてきたことの本当の甲斐とは何か?

 いろいろと勢い余って好きな人にデート(異性同士が時間と場所を決めて2人で会うこと)の申し込みをした。
 今。
 自身で申し上げるのもなんなんだが、まさに青春、といった感がある(青春 白秋 朱夏 玄冬の青春)。
 心が震える思いがした。
「ぶるっ」ときた。
 なぜか「うるっ」ともきた。
 10代の頃からずっと、薄々と思っていたけれど、好きな人にデートを申し込むという行為は、これ男性が男性的であるための根源的営為ではないだろうか。
 ユナイテッドアローズの昔のキャッチコピーに、

「人生を3つの単語で表すとしたらーーー Boy meets girl」

 と、いうのがある。
 私はこのコピーに満腔の同意を与える。
「こういうこと」は、男性がまず主体となって動かないと、何も始まらないのではあるまいか。
 その後の関係、或いは家庭生活においては主導権の変動があってもそれは全くその家庭の自由だと思うが、『原初の一歩』は、やはり男性が動くこと、これではないか、と思えてならない。
 …何を言っているのかよく分からなくなってきたが、要するに私は好きな人が、好きだ。そして私はその好きな人の為に何かしたいのだ。