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前髪と頭痛に関するひとつの考察

私は(偏)頭痛持ちである。

これは父親からの遺伝で、幼稚園児から

「…おでこいたい。。。」

 と、親に主張していた記憶が思い出される。

 父親もひどいもので、一週間のうち、父が頭痛薬を飲まない日数の方が少ないようにも思う。

 ちなみに、今飲んでいるのはサリドンWiという、第一三共から出ているものである。

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 コレは、効く。

 一回二錠がメインの頭痛薬業界の中で、これだけ唯一的に一回一錠なため、持ち運びにも便利だ。

 ちなみに私もこのサリドンをさっき飲んだ。

 私が頭痛するとき、イライラしてるか、或いは空気の悪いところに長時間いると催すのだが、今回、というか最近の場合はなんだか違う感じがする。

 結論から言うと、前髪がおでこにかかっているからではないか、と自己分析する。

「なんで前髪おでこ状態→頭痛となるねんっ!」

 と、お思いになるかもしれない。

 しかし、それは私にもよく分からないのだが、なんだかそんなきがしてたまらないのだ。

 おでこに前髪がかかっていると、当たり前だがおでこに日光が当たらない。

 おでこに日光が当たらないということは、太陽という天の恵みをレシーブできてないということで、これは極端な話「反自然」である(ただ、私は「ぱっつん」を否定しているのではない。他者が「ぱっつん」をすることは個人的に大歓迎であるが、主体としての自己自身はそれはやりたくない、やるべきではないと思うだけである。)

 また、これはあくまで主観だが、個人的におでこを出さないと、どうも「ぱっ」とせず、また「スッキリ」せず、また「暗く、どよん」とした感がする。

 客観的にもまた、おでこを出している方が、出していないより「明るい」印象があるだろうので、そこの他者視点を加味し、他者から「アルテマはいつも明るくて元気でテンション高めでオモロい」と思われたいため、前髪を出さないとそれが叶わない感があるのだ。

 以上のそういった自然的側面、感情的側面、そして社会的側面から頭痛が起こるのかなぁ…、と最近思うのである。

 ともあれ、これからも『(持)病と共に生(活)きる』思いである。