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「仕事をする」とはどういうことか?

仕事 思考実験
 私は学習塾で小・中学生に英語・社会を教える仕事をしている。

 今、夏期講習真っ盛りで、毎日4〜7コマ(一コマ50分だったり70分だったりする)ほど授業をする。

 当然、これは傍目から見ても、子どもから見ても「仕事をしている」と見える(だろう)が、私自身としてはどうも「仕事をしている」という実感がまだまだ感じられない。

 確かに授業では汗(時に冷汗)をかきながら声を張り上げ、生徒たちに重要なところや、入試に出るところを例えを出しながら丁寧に教えている「つもり」である。

 また、実際に生徒に教えた分野の演習問題をやらせた時に出来ていたりすると、やり甲斐、教え甲斐を感じる。

 どう、考えても「教師」としての仕事をしていると思う(…多分)のだが、、、だが、、、、未だに『仕事をしている』という感覚が、どうも、薄い。

 これは良い意味でも悪い意味でも「薄い」と感じている。

 良い意味で、とは、自分自身、その授業の参加者の中で自分が一番愉しんでいる、という感覚があるからだ。

 つまり、「仕事をしている」というよりかは、「遊んでいる」という感覚がどうしても強いのだ。

 悪い意味で、とは、自分が黒板の前に立って「教育」している時、それは本当に生徒に『届いて』いるのだろうか、という不安感が、初めて生徒の前に立って授業をしたときからズーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッと、持っているからだ。

「本当に生徒は分かってるのか?」
「伝わったのか?」
「もっといい教え方があったんじゃないか?」
「笑いをいっぱい取れたけど、それは生徒の成績UPに結びつくものとなっているのか?」
「全く笑いを取れなかったから、生徒は自分の授業を『つまらない』と思っているのではないか?」

……自問自答は尽きない。

 答えのないことを問うこと。問い続けること。
 つまり「哲学」し続けること。
 この先に「仕事をする」ことはどういうことか? が、いつの日か「分かる」ような気がするのだ。