代理、代行(アウトソース)についての一考察

 最近どうも忙しすぎて、食事は全てほぼ外食で、家の掃除もほとんどできず、洗濯がやっとのところくらいである。

 これは「だらしない」「自己管理が甘い」とも思われるかもしれないが、個人的には社会人が自身の仕事を極め向上していく過程においては、それ(自身の仕事)以外のことはほぼ全てアウトソースすればいいのではないか、と思う。

 実際今私は、食事はほぼ外食であり、その点はアウトソースしているのだが、家事はまだできていない。

 世の中には家事代行サービスというものがあり、例えばダスキンのメリーメイドなんかはそうである。ただ1時間5,000円ほどするらしいが。

 仕事をする人は、仕事にとにかく注視し、それ以外は全てアウトソースすることで時間と身体的かつ精神的余裕を確保し、それでさらにその分を仕事に集中できるのでは、と思うのだ。

 要するに、「お金で時間を買う」という発想で、例えば安いけど満員電車を選ばず、高いけどタクシーに乗ってPC或いは電話でひと仕事片付けちゃう方を選ぶ、という発想である。

 私はこの発想を実現することが昔から夢であり、今までの学生時代はズッーーーとコレを我慢してきた。

 この「アウトソース」の概念は、つまり人間一人ひとりが『何でも屋さん』になるのを回避する概念である。

 『何でも屋さん』というのは、お分かりのように、意外にもなんでもできるわけではない。

 「餅は餅屋』と、昔から言われているように、専門的なことは専門家に任せた方がいいのだ。

 専門家は一見「高い」かもしれないが、自分自身でやるよりも時間が短縮でき、また間違いが起こらないこと必至なので、「専門家は安い」とも言える。

 ただ、この場合の専門家とは必ずしもプロフェッショナル的スキルを必要としない。

 つまり、牛丼屋のバイトの兄ちゃんでも、専業主婦(主夫)も立派な専門家であるに違いない。

 私どもは、そうやってもっと他者を頼り、或いは頼られたりして、「自分は何でもできるから誰にも助けなんかいらねぇよ」などという空虚な強がりは排除し、これからより「ほんわか」「あったか」な人間社会の共同体を形成していくべきではあるまいか。