アドラー心理学における「『褒め』の否定」についての一考察

最近、というか2年ほど前からニュースアプリ、『NewsPicks』にハマっている。

そこで面白い記事を見た。

アドラー心理学にハマったら離婚の危機に?!」

………。

そういえば院生時代に『嫌われる勇気』を読んだことを思い出した。

 プラトンの対話篇みたいで、読みやすくていいなぁ〜、と思っていたが、内容はほぼすっかり忘れていた。

 ただ、一番印象的だったのは、

「人生においては過去も未来も重要ではない。『今、ここ』が大事なのだ。」

という主張には満腔の同意を与えざるをえなかった。

 実際、私の大好きな相田みつをの詩にも、

『いま、ここ』

と、あるからだ。

 そんなことを思い出しながら記事を読んでいたら、アドラー心理学では、「褒め」を否定している、と書かれていた。

人を褒めることは、人を見下すことだからだ、そうだ。

 うーむ。。。

私は塾講師という 仕事上「褒める」ことは多い。

 しかし、生徒が易しい問題が解けたりしたときや、やる気にさせるためにする「褒め」は、

 正直「偽善」な感があってあまりしたくない。。

 妙な言い方をするが、それは「仕事」っぽくなってしまい、嫌なのだ。はっきり言って。

しかし、生徒の様子を見ていて、心の底から

「褒めたい」

「称賛したい」

と思うことがある。

そして実際彼彼女を褒め称える時、なぜかアドレナリンが出る。

褒めた自分自身が

「ぶるっ」

とくるのだ。

 頭の中が

「ぱぁぁー!」

 とし、

身震いがし、涙腺がゆるむ。

本当である。


この私の実体験から、私はアドラー心理学にはちょっと同意することはできない。

私の考えとしては、こうである。

「褒めたい時は褒めればよく、

褒めたくない時は褒めなくても良い」

と。

なぜなら、「偽善的称賛」は、見透かされるだろうから。

それは相手が小さい子でも。

みなさんは、どう思いますか?

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

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