怨念と感謝についての一考察 〜人間とは何か

 

 

うつ病(まさかの)になり、なった当初は歩くのもキツかったが、少しばかり回復してきた。

 

しかし一方で「恨み」「怒り」といった、「怨念」が湧き上がってきた。

 

「顔も見たくねえ」

「あの野郎、ぶっ◯してえ」

「あいつら全員地獄に突き落としてやる」

 

と、いった具合である。

 

しかし、私自身、もともと怒りっぽいタイプではなく、

穏やかに、穏便に物事を解決したい性分である。

 

ブッダ

敵対によって敵対は終わらず

といっているが、自分自身が仏教徒、さらに言うとお寺の息子なので、この信念のもと生きてきた。

 

また、先天的?に、自分の中て怒りの感情が生まれると、

頭の血管がプツプツ切れるような、歪むような、

また胃がムカムカ痛くなるような感がするため、怒ることを意図的に避けてきた。

 

しかし、今回のような特別な場合、否が応でも「怒り」の感情が湧き上がってくる。

 

心が変わってきているところなのかもしれない。

 

いやしかし、上記のような「怨念」の言葉を想起し、具体的な状況(いかにして自分を苦しめた相手を地獄に落とすか)を連想すると、

 

顔がビリビリし始め、熱くなり、胃も痛くなる。

 

「心と身体は、これ全く別物だな。。。

そして、心と身体は同等だな。。。」

 

私は大学院まで行き、哲学の修士号をとったが、今になって、本当の意味で上記のことを思い知った。

 

脱線したが、怨念の感情に包まれると体調が悪くなるので、さっき歩いてる時に考え方を以下のように変えた。

 

「あいつらのおかげで今こうして休めて、また将来のことをじっくり考えるチャンスができた。寧ろ感謝すべきかもな。」

 

と。怨念から感謝へ。

 

考え方がマイナスからプラスの方にガラッと変わった。変えた。

 

そうすると、なんだか笑えてきて、負のことがど〜〜、でもよくなってきて、身体も少し楽な感じになってきた。

 

気持ちが変わるだけで、身体も変わるとは。

 

人間とは(壮大なテーマだが)、考え方次第で未来が変わる、と思い知った。

 

こんなこと、世にある自己啓発本に幾らでも書いてあるようなことであるが、

 

このことを身を以て知ったのは、初めてだ。