文学は役に立つか?  ───バタイユ、中島みゆきを参考に

文学部って役に立ちますか? 「海を見る自由」の元名物校長に聞く - withnews(ウィズニュース)

 

 このような議論は昔からある。

 ジョルジュ・バタイユというフランスの文芸評論家がいた。

 

 

 この本に出てくるバタイユの言葉で、こんなものがある。

バタイユ「文学は人の役には立たない。寧ろ役に立ってはいけない。」 

  役に立ってはいけない、とまで言い切っている。

 ここでバタイユは一体どのような意図でこのようなことをいったのだろうか。

 おそらく文学というのは、自分がそれを読んでいて「楽しい」「面白い」「感動した」「悲しい」「泣けた」と、心動かされる為に存在し、それが具体的に何かの役に立つかといえば、特にそういう代物ではないということなのではないだろうか。

 

 中島みゆきの「糸」にこんな歌詞がある。

なぜ生きていくのかを

迷った日の ささくれ

夢追いかけ走って

ころんだ日のあとの ささくれ

こんな糸が なんになるの

心もとなくて 震えてた風の中

 

 中島みゆきはこの唄の中で、人生の困難、受難の中でも、それがいつかは人の傷をかばうかもしれない。と語る。

 つまり、「文学が人の役に立たない」と人が言うとき、その人にとってまだ文学が活きていない、とも言えるかもしれない。

 言い換えると、文学とは人によって効果が現れるのかもしれないし、現れないかもしれない薬で、現れる場合もすぐ現れるのかもしれないし、かなり時間を経ないと現れないかもしれないし、ある経験をすることによって現れるものなのかもしれない。