ちょ…またこの類の事件かよ! 〜ひとつのストレス論〜

道路上で口論、運転手2人とも別の車がはねる | 日テレNEWS24 | 東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

 

 ハザードたいてなかったのか???

 

 率直にはそう思うのだけれど、ハザードたいてても突っ込まれたらそれはそれでぶつかる方が完全に問題だけど、たいてなければ、免許を持つ資格はないよね。。。忘れてたとしても、口論を交通よりも優先するなんて。。。

 いや、カッとなったら周囲に気をつかうことは不可能で、自分のこのイライラをスカッとさせるがために相手と口論し、罵倒し、勝利しないと気が済まなくなるのだろうか?

 怒ることで、周囲にとんでもなく迷惑をかける。

 「叱る」ならまだしも、やっぱり「怒る」ことって本当にデメリットばかりだな…。メリットはスカッとすることくらいだろう。

 もしかすると、この口論した2人は、普段からストレスが溜まっていたのかもしれない。

 ストレスが溜まり、それをうまく解消しきれてない日々が重なってしまい、今回の交通事故の時にカッとなって口論に夢中になってしまったのかもしれない。

 普段からうまくストレス解消ができていれば、ちょっと思い通りに行かないことでもあまりイライラすることなく、上機嫌でいられるのとが多くなるのではないだろうか。

 「笑う門には福来る」というが、その逆を考えてみると、普段からいつも不機嫌でプリプリしている人と友達になろう、なんて思う人はいないだろうし、その人が顧客だったとしても、営業マン側は、

 「あ…今不機嫌そうだな…お声はかけないでおこう…

 と、敬遠するはずだ。

 この事件からなにか自分自身に活かせることがあるとしたら、自分はどういう時にイライラし、そんな時どういう言動をし、どういう心待ちになるか、を、セルフモニタリングすることだろう。

 そして、それを解消する方法として、何がベストorベターかを探すことだろう。

 例えば、運転して横入りされた時や、こっちが直進優先なのに対向車線の車が目の前で猛然と右折してきた時は、人によっては「人格が変わったのではないか? 」というくらいその車目掛けてクラクション鳴らしたり、怒鳴ったり、ハンドルの横を叩いたりする人もいる。

 私もそんな時は少しはイラっとはするが、特に気にしてはいない。

 それよりかは、人からいわれもないことで罵倒された時や、過去のミスを何度もチクチク言われたりすると、ストレスが溜まる(…こんなことされたら…まぁ誰でもストレスたまるわな…)。

 そんな時は今まではグースカ寝たり、音楽を聴いたりしていたが、半年ほど前に鬱病になってしまった時は、それらのストレス解消が自分にとってそれほど有効ではないと感じた。

 鬱病と診断されて(個人的には鬱病ではなく適応障害or不安障害 兼 不眠症だったと思う)、それから1、2週間ほど加害妄想が強かったので、寝るのもなかなか寝られず、音楽もあまり落ち着いて聴けなかった(気がする)。

 なので、この攻撃性を安定させるために、今までサボっていたランニングを再開した。

 そしたらみるみる良くなった。

 汗をかいてスッキリするし、食事もより美味しくなった気がした。

 ネットで調べたら、鬱病になった場合、スポーツをすると早く治りやすく、かつ再発もしにくい、と書いてあったのを見た。

 また、日光浴をすることで治りが早くなる、というまとめサイトも見た。(→うつ病だった俺が3カ月間日光浴した結果www | 2ちゃんねるスレッドまとめブログ - アルファルファモザイク

 振り返ると、自分はストレスを強く感じた時は、ランニングを始めとしたスポーツをするといいと分かった。

 もしかしたら、ボクシング🥊なんてのもいいかもしれない。

 「人を殴ることがなぜスポーツ競技として成立するのか?

と、以前は思っていた節があったが、人間の野獣性を平定し、コントロールするためにも、ボクシングという競技は存在してしかるべきではないか、と思うようになった。

 

 結論としては、自分自身が活き活きと過ごしていくためには、「自分はどんな時、どうストレスが溜まるか?」をセルフモニタリングし、その上でそれを解消するために、「使えるものは全て使う(ブリコラージュ)」という精神を忘れてはいけない、と思う。