「君の名は。」のタイム・トラベラー感とパラレル・ワールド感

 

君の名は。Another Side:Earthbound 01 (MFコミックス アライブシリーズ)

この映画、一言でまとめると、

 

「時空を超えて。世界を分かつ。出逢うはず、なかったのに。」

 

というような。

 

言い換えると、タイムトラベルして、パラレル・ワールドが生まれて、世界が変わる。

 

というような。

 

 

 

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主人公、2人。

 

瀧くん(推定高3)

と、

三葉さん(推定高3)

 

2人は時空を超えて交通している。

 

瀧くんは20XX年(或いは20XX+3年)、

三葉さんは20XX-3年(或いは20XX年)

を、生きている。

 

瀧くんは東京の新宿周辺に家があり(おそらく代々木か千駄ヶ谷付近。僕もその辺住んでたなぁ…)、高校は神宮外苑近くの國學院高校ではないだろうか。

三葉さんは岐阜のどこか。

 

瀧くんと三葉さんはしばしば入れ替わる。

 

お互いの人間関係を変える。

 

結果、瀧くんは憧れのバイト先の女の先輩とJR四ツ谷で待ち合わせし、六本木ヒルズ国立新美術館でデート。

三葉さんは女の子の後輩や男の子に告白されまくる。

 

 2人。

瀧くん&三葉さんのこのセリフが印象的だ。

 

三葉さん「彼女いないくせに!」

瀧くん「オメーだっていねぇじゃねえか!」

三葉さん「わたしはぁーーー!」

瀧くん「おれはぁーーー!」

三葉さん&瀧くん

「いない じゃなくて 作らない のっ!!!!」

 

 これは、大衆の深層心理、オピニオンをを鋭く突いた台詞ではないだろうか。

 

 おそらく、こう思って彼氏彼女がいないひとは、数万人…。いや、数十万単位で、いるのではないだろうか。

 そのような現代の男女関係の機微をうまく突いた、あまりにも素晴らしい台詞ではないかと、感嘆する。

 この一言のセリフに、僕は新海誠監督の天才性を発見したのだ。

 

 また、この物語、後半ではほとんど入れ替わりがなくなるが、クライマックスのところで、非常にわかりにくい「入れ替わり」が起こり、それが大衆を何度も映画館に運んだ理由かと思う。

 

 僕も、今2回目だ。

 

 クライマックスのところの非常にわかりにくいというのは、瀧くんの中身が今、当本人なのか、三葉さんなのか、或いは三葉さんの中身が今、当本人なのか、或いは瀧くんなのか、という点が1つ。

 また、2人は3年前と今(或いは今と3年後)の世界に生きつつ、同じ場所で黄昏時にとうとう出会い、すぐ別れる点だ。

 

 僕はそういう点がある事をよぉく知っていたので、真剣に見たが、それでも分かりずらかった。

 大体わかるけど、分からないというか。

 

 この「分からなさ」が、人をこの映画に反復継続を要求するところなのかもしれない。