B.18. A.18. ───ひとり暮らし、そして内田樹との「出会い」

 B.18.

 before 18。

 18歳以前は親元にいて、自律と自立について何も考えなかったし、本もほとんど読まなかった。

 

 A.18.

 after 18

 18歳以降は一人暮らしを始め、自己管理が始まり、自律と自立について考え始め、好きな本、特に内田樹先生の本をひたすら、むさぼるように、感覚としては1日1冊のペースで読書をしていた。

 

 一言で言うとB.18.は子供、A.18.は大人といえる。

 環境を変えて、親から離れること、これがなんといっても人間を子供から大人へと成熟させるプロセスだと思う。

 

 B.C.(Before Christ)とA.D.(Anno Domini ラテン語で「主(キリスト)の年に」の意)のように、18歳以前と18歳以後の自分自身はまるで別人のように思うし、世界がまるで違うように思う。

 

 B.18.は「受容」「享受」「受動性」の世界。

 A.18.は「狩猟」「奪取」「積極性」の世界。

 

 もちろん、B.18.がすべて悪い時代だった訳ではなく、A.18.がすべて良い時代だった訳でもない。

 

 ただ、自分の中で何かが「ガラッと」変わる瞬間、パラダイムシフトが訪れる瞬間を身をもって味わうことは、これ人生の醍醐味ではないかと思う。

 

 

 「ガラッと」変わったのは、やっぱり一人暮らしを始めたことも大きいけれど、一番は出会いだと思う。特に読書においての出会い。

 

 特に自分の人生に多大な影響を与えている内田樹先生は、一人暮らしをする前の大学受験生時代に、現代文の問題で「出会っ」た。

 そこで、「・・・ん? なんかこの人の書く文章、ひっかかるな・・・。なんというか、難しいのに面白いような・・・。

 それでいて、なにかこう、グーッと引っ張られるような、引力を感じた。

 そこから、大学時代は内田樹先生の本をひたすら読むようになって、入学当時は思いもしなかった哲学系の大学院に進むことになった。

 特に、以下の本を読んで、「内田樹の弟子になりたい!」と思うようになった。

 

 

 いま思えば、内田先生から感じた引力みたいなものは錯覚だったけれど、錯覚で良かったと思う。

 今こうしてあるのは内田先生の影響がほとんどであることは間違いない。

 このように書くとまるで宗教にはいっているように思うけれど、宗教の場合は布教がともなう。

 僕は別に内田先生の思想を「布教」しようとはまったく思わない。

 自分は自分であるためには、どうあっても内田先生の思想が必要なのだ、と思っているだけなのだ。

 人は人、自分は自分。

 

 ただ一つ言わせてほしい。

 「なにかひっかかるなこの人(本)(映画)(場所)・・・。」

 と、ある対象についてなんだかものすごく惹かれるけれど、その理由が分からないときは、その対象を徹底的に突き詰めたほうがいいと思う。

 その先に、きっと「いいこと」がある。

 その「いいこと」はみんなにとってではないかもしれないけれど、自分にとっては確実に「いいこと」だと思う。