西野カナ “Have a nice day”における歌詞の倫理性についての一考察 ───倫理とは何か?

 

 僕は西野カナが好きだ。

 

 いや、正確には好きだったけれど、今はほぼ興味ない。

 

 もう、すんごくね、好きだったのは2016年の夏からです。

 

 そう、西野カナの名盤、JUST LOVEがリリースされた頃。

 

 

 もともと名古屋の某ラーメン屋で塩ラーメンをずるずるとすすってた時に店内有線から「トリセツ」が流れてきて、それに

「ビビビッ!」

と、キてしまったのが、全ての始まりだ。

 

 まぁ要するに一目惚れだよね。

 

 いや、「目」じゃないよね。耳だから「一耳惚れ」だね。

 

 そんな感じで、上のアルバムを買って、仕事やプライベートで車移動の際は常に流してた。

 

 このアルバムはやっぱりトリセツ目的で買ったんだけど、買ってみて1番いいな!と思った曲が、アルバム2曲目の“Have a nice day”だ。

西野カナ 『Have a nice day』MV(Short Ver.) - YouTube

 

 この歌詞はノリノリなところがいいのだが、歌詞の中で西野カナ西野カナ自身を励まし、讃え、自信を高めていく部分が特に『グッ!』とくる。

 

偉いぞ私   負けるな   焦るな   くじけるな

 

 なんといっても人生というのは、自分で自分の存在を肯定できるかどうかだろう。

 その真理を、西野カナはこの唄で明るく歌ってみせている。

 常に周りに自分の支持者がいるとも限らないし、場合によっては四面楚歌だってこともあるだろう。

 西野カナは特に、ネット上で「歌詞wwww」と、嘲笑われていたりなどし、敵が少なくないアーティストである。

 そんな彼女がこう歌うことこそ、説得力があるのだろう。

 また彼女はこうも歌う。

 

すごいぞ私   優しく   かわいく   イラつかず

 

 ここで大事なのは、最後の「イラつかず」だ。

 

 現代社会の日常において、「イラつかず」あることは、非常に難しい。

 

 それはまるで、ブッダの境地とも思えるかもしれない。

 

 でも、「イラつかず」あることは、人間が人間であるためには、どうしたって必要な資質なのだ。

 

 そうでなければ、「万人の万人に対する闘争状態」となり、たちまち人類は滅亡の一途を辿っていただろう。

 

 西野カナはつまり、「イラつかず」と歌うことで、人間が人間であるための倫理をもまた歌っているのだ。

 

 

 

 結論。

 西野カナの歌詞は、あまりにも深い。