人一倍メンタルが弱いことについて

 

 最近ふと思った。

 

 もしかして自分は、人一倍メンタルが弱いかもしれないと。

 

 思えば、だいたい11ヶ月前に仕事量や仕事のミス、そしてそれについての上司の叱責が重ねに重なり、不眠症や身体が鉛のように重くなり自己否定感に強く苛まれるという鬱病にかかった。

 

 今、客観的に振り返ると業務負担の割合がそもそもおかしいところがあり、そこについて提言しないでずっと我慢してた。

 

 なんていうか、全然「上」にグイグイいけてなかったところがある。

 

 もともと自分の性格的に闘争・議論を避け、穏やかにことを済ませたいということなかれ主義的なところが災いしたのかもしれないなぁ。

 

 そういったおしとやかな性格はでも本来的なものだからしようがないか。

 

 まぁでも昔から話し合いや議論が好きだけれど、相手が上の立場の人間になると、どうも弱いのかもしれない。

 

 なんだろう? 変に従順であり、でも反抗的人間というのかな、僕は。面従腹背というか。

 

 それが結局形となって反抗できず、我慢してストレスが溜まり、それが自分に返ってくるのかなぁ。

 

 社会人として我慢しなきゃいけない時ってどうしてもあるけど、我慢は身体に良くないなぁ、としみじみと思う。

 

 僕は、我慢がまったくできなかったところで、つまりメンタルが弱かったからあかんかったのかなぁ。

 

 でも、今考えてみれば、メンタルが弱いことって、それが自分らしさであることはもちろんのこと、最早強みでもあるんじゃないか? とも思う。

 

 というのは、メンタルが弱いからこそ、やっていることが早い段階で「それは不向き」と分かり、それ以上のストレスが身体にかからず、致命傷にならずに済むという、生物の生存戦略上、非常に合理的な性質ではないかと。

 

 メンタルが強い、というのは言い換えると「刺激に鈍感」であるということだ。

 

 これはともすると人の痛みが理解できなくて、例えば某居酒屋の創業者のように、「自分は1日22時間働けたんだから、鼻血が出てぶっ倒れようが、我慢すれば乗り越えられるんです」みたいなブラック野郎になりかねない。

 

 そういう人は「個体」としては強いだろうが、周囲の共感をついには得られず、早晩没落するだろう。

 

 それは、項羽がついに負け、劉邦が勝ったように。

 

 私はこの1年ほどを振り返ってみて、自分では思ってた以上にメンタルが弱い、ということが分かった。

 

 これは失望ではなく、希望だと思う。

 

 昔、自分探しの旅というのが流行ったけれど、仕事や趣味の日々の生活の中での蹉跌を経験していけばこそ、自分は見つかっていくものだと思う。