「よっしゃぁぁぁぁ!!!!」と叫ぶ瞬間 ────咆哮とは何か?

 こんな記事を見た。

 

【山本昌×佐山】「この野郎」と何回思えるかが、成長のカギ

 

つまりは、自己の身体が震え立つほどの何かしらの感動を覚えたその時にこそ、人は自らの殻を破るのだろう。

 

 先日、ゲームセンターに行ったときに、どうしても欲しいぬいぐるみがクレーン・キャッチャーに、いた。

 

 それは、ポン・デ・ライオンである。

 

 何故だかはわからないけれど、そのポン・デ・ライオンを、僕は急に欲しくなった。

 

 4回ほど挑戦して、とうとうゲット。

 

 「よっしゃぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 

 と、咆哮。(軽くね。)

 

 クレーン・キャッチャーでお目当のぬいぐるみを取るなんて、高校生以来だったからということもあるけれど、狙ってたものを手に入れるという成功体験は、とても気持ちのいいものであり、こういった成功体験の積み重ねこそが、人の自己肯定感を高め、生命力を賦活させるものではないだろうか。

 

 また、そういった成功体験自体よりも、成功したぞ!という瞬間に

よっしゃぁぁぁぁ!!!!

と咆哮すること、これこそが最も重要ではないかと思う。

 

 天地開闢以来、人は生きるために獲物を捕らえて生き永らえてきた。

 

 「喰うか、喰われるか」という、命がかかる瀬戸際の場面も、太古からずっとあっただろう。

 

 太古の彼らは獲物を捕らえたとき、きっと

「よっしゃぁぁぁぁ!!!!」

「うぉぉおぉぉおぉ!!!!」

 と、咆哮したに違いない。

 それは、命を取られるかもしれないという、そんな切迫感もあったからこそだろう、きっと。

 

 つまり、ここで何が言いたいかというと、成功体験を通じて咆哮するということは、太古の人々と、時空を超えて通じ合うこと、繋がるようなことではないかと考えられるのだ。

 

 咆哮することで、それはまるで太古の人が自分の中に入り込んだような、あるいは太古の人の生命の息吹を感じるような。

 

 咆哮とは、自分の生命は長い長い人類の歴史の脈を辿って今ここにあり、僕らはもう、1人じゃない(Sekai no owari)ということを、全身の震えでもって思い知る体験ではないだろうか。