本とは何か? 出逢いとは何か?

 

 封神演義を全巻ブックオフで売った。

 

 封神演義は私の人生を最も揺るがしたマンガの一つなのだけれど、最近はずぅっとマンガはKindleで読むし、そもそも紙のマンガはスペースをとりまくるので、売った。

 

 ちょっと心寂しい気もするけれど、また必要になったら買い戻せばいいだけの話だ。

 

 僕は本が大好きなのだけれど、一回読んでもう十分だと思ったり、「これ思ったよりつまんねぇな」「言いたいことは分かるけど、文体がすんげぇ読みにくいな。」と思ったらどんどん売る。

 

 どうしても売れないものは、やはりもう一度、何度でも何度でも読み返したくなるようなものであり、また紙の本でも電子書籍でも両方持っておきたいと思うような本だ。

 

 水木しげるが出兵時に「ゲーテとの対話」を肌身離さず上中下巻を持っていて、ついにゲーテが彼の血となり肉となったように、本当に大事な本というのは、それはまるで肌身離さず持つお守りというか、それ以上に手や足になるものではないだろうか。

 

 フランツ・カフカが友人に当てた手紙の中に、

 

「僕は、自分を噛んだり刺したりするような本だけを、読むべきではないかと思っている。(中略)本とは、僕らの内なる氷結した海を砕く斧でなければならない。」

 

 と言っている。

 

 僕はこのカフカの言葉を、ひとつ教義としている。

 

 また、手塚治虫が、

 

「なにかモノを創ろうと思ったら、第一級品の映画や本、美術作品を見ないとダメですよ。2級3級のレベルのものじゃダメです。いいですか、絶対に第一級品のモノに触れるんですよ。」

 

  というようなことをどこかで言っていたが、カフカの言葉に繋がるところがある。

 

 実際に手塚治虫は自他ともに認めるディズニー狂で、「バンビ」が公開されたときは朝から晩まで映画のスクリーンに張り付き、27回連続で「バンビ」を見たとも言われている。

 

 ゲーテに話が戻るが、「ゲーテとの対話」に、

 

「見たり聞いたり勉強したりした中でも、実際に応用したものでなければ、自分の中には残ることはない。」

 

 といったような名言があったが、手塚はまさにディズニーを応用し、自分の作品、世界を作り出していったのだろう。

 

 

 なかなか「自分を噛んだり刺したりする」本というのには出逢えないが、その為にはなんとなく惹かれた本、友人知人から紹介された本にどんどん触れていくことだと思う。

 

 堀江貴文が東大生時代、ヒッチハイクをしに東京から大阪かどこかまで行こうとしたときに、サービスエリアでその方向に行きそうな人に話しかけまくったという。

 

 「一人二人だけじゃあそれは断られる。30人以上に声かけていくと応じてくれる人が出てくる。要は打席に立つことだよ。」

 

 ナンパのうまい人も、そもそものナンパスキルが高いだけでなく、数をこなしているからこそなのだろう。

 

 

 そんな風にして、これからもいい本に出逢い続けたい。